小児炎症性腸疾患のための精密医療:患者とご家族のためのガイド

小児炎症性腸疾患のための精密医療:患者とご家族のためのガイド

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精密医療は、小児の炎症性腸疾患(IBD)治療に革新をもたらしています。個々の患者データに基づき、最適なタイミングで適切な用量の治療を選択するこのアプローチは、遺伝子・微生物・タンパク質バイオマーカーを統合し、疾患の重症度や治療反応を予測することで、現在20~50%にとどまる寛解達成率の限界を克服しようとしています。早期かつ標的を絞った介入を実現し、予防戦略の探求まで視野に入れることで、精密医療は小児IBDにおける合併症、手術必要性、長期的な障害の軽減に新たな展望を開いています。

小児炎症性腸疾患の精密医療:患者とご家族のためのガイド

目次

はじめに:小児IBDにおける精密医療の意義

炎症性腸疾患(IBD)は、クローン病や潰瘍性大腸炎などを含む病気で、産業革命以降、世界中で患者数が増え続けています。全IBD患者の約4人に1人は20歳未満で診断され、子どもの病気としても多く見られます。北米や西欧では新規患者数は横ばいですが、患者の高齢化や新興国での急増により、IBDの総患者数は増加傾向にあります。

IBDは患者さん本人やご家族の負担が大きいだけでなく、医療費も高額になるため、社会全体にとっても重要な課題です。精密医療は、こうした状況を改善し、予防策を見つけるための有望なアプローチとして期待されています。

IBD治療には「天井効果」があることが知られており、どの治療法でも寛解(症状が落ち着いた状態)を得られるのは患者の2~5割程度です。最初は効果があっても、時間とともに効かなくなる場合も少なくありません。治療がうまくいかないと、腸の炎症やダメージが蓄積し、入院や手術が必要になったり、合併症や大腸がんなどのリスクが高まったりします。

適切な患者の選択:積極的治療が必要な患者の見極め

小児IBDは症状や経過が一人ひとり大きく異なり、腸以外の症状を伴うこともあります。病気の進行や合併症のリスクが低い患者と高い患者を早期に見分けることで、必要に応じて強力な治療を早く開始でき、不要な治療を避けることができます。

現在は、医師が臨床所見や検査結果をもとに経験的にリスクを判断しています。将来は、遺伝子やタンパク質、腸内細菌などの大量のデータを活用し、人工知能(AI)で解析することで、より精度の高い予測が可能になるでしょう。これにより、高リスクの患者には早めに積極的な治療を、低リスクの患者には過剰な治療を避ける、という個別化された対応が進むと期待されています。

臨床所見と検査値からわかる予測因子

日常的に得られる臨床所見や検査値から、クローン病と潰瘍性大腸炎の重症化や手術のリスクをある程度予測できます。

小児クローン病の予測因子:

  • 診断時すでに腸が狭くなる病変がある
  • 治療開始12週後も小児クローン病活動性指数(PCDAI)が10以上
  • 診断年齢が若く、病気の期間が長い(生物学的製剤使用後でも、手術後2年時点で46%が内視鏡的に再発)
  • 小腸(回腸)に病変があり、診断年齢が高い
  • CRP(炎症反応)が5 mg/dL以上(中等度~重度の病気に関連)

小児潰瘍性大腸炎の予測因子:

  • 大腸全体に炎症が及ぶ「全大腸炎」
  • 診断時の重症度が高い(PUCAIスコア>65)
  • 診断時にアルブミン(血液中のタンパク質)が低い
  • 治療3ヶ月後もPUCAIスコアが10以上

血清マーカー

腸内細菌に対する抗体の反応を調べることで、病気の進行リスクを予測できます。抗体の種類や量が多いほど、クローン病が重症化しやすい傾向があります。2つ以上の血清マーカー(ASCA、OmpC、CBir1など)が陽性の患者は、1つだけ陽性の患者より早く重症化するという報告があります。

潰瘍性大腸炎では、pANCAという抗体の値が高い(>100 EU/mL)と、全大腸炎や手術後の合併症(pouch炎)になりやすいとされています。

遺伝的リスク因子

大規模な研究により、病気の経過と関連する遺伝子の変異(リスク部位)がいくつか見つかっています。特に強い関連が知られているのはNOD2という遺伝子で、クローン病の狭窄(腸が狭くなること)や手術の必要性と関係しています。

その他にも、FOXO3、XACT、IGFBP1、HLA領域などの遺伝子変異が不良な経過と関連することが報告されています(さらなる検証が必要)。潰瘍性大腸炎では、HLA DRB1*0103という型があると、全大腸炎や大腸全摘術が必要になるリスクが高まります。

複数の遺伝子変異を組み合わせた「多遺伝子リスクスコア」を使うと、患者の経過を63%の精度で予測できるというデータがあります(AUC 0.63)。

タンパク質バイオマーカー

精密医療の目標の一つは、患者さんの負担が少なく、便中のカルプロテクチンより正確に腸の状態を反映できるバイオマーカーを見つけることです。

ある研究(RISKコホート)では、血液中の5つのタンパク質を調べることで、腸に穴が開く合併症を79%の精度で予測でき(AUC 0.79)、4つのタンパク質で腸の狭窄を68%の精度で予測できました(AUC 0.68)。診断時のCOL3A1(コラーゲンの一種)の値が高い患者は、後に狭窄を起こしやすい傾向がありました。

13種類のタンパク質を組み合わせた「血清内視鏡的治癒指数」は、クローン病の内視鏡的な活動性を、便中カルプロテクチンと同等以上に、CRPより優れて判定できることが確認されています。

遺伝子発現パターン

特定の遺伝子がどのくらい働いているか(発現しているか)を調べることで、IBDの経過やタイプを予測できます。クローン病では、小腸で細胞外マトリックス関連の遺伝子が活発に働いていると、後に狭窄を起こしやすいことがわかっています。遺伝子発現から算出した「転写リスクスコア」は、合併症のリスクがある患者を見分けるのに有望です。

末梢血中のCD8 T細胞の遺伝子発現パターン(T細胞疲弊関連)も、病気の重症度を予測するマーカーとして研究が進んでいます。

潰瘍性大腸炎では、タイプ2の遺伝子発現パターンがある患者は寛解を得やすい傾向にあり、好酸球(白血球の一種)の数が多い患者は、5-ASAから抗TNF療法に変更する必要性が低いという報告があります。

腸内細菌叢の特徴

IBD患者では、健康な人と比べて腸内細菌のバランスが乱れている(ディスバイオーシス)ことがよく見られます。これは、細菌の種類や数が減っている状態で、最近ではカビ(菌類)やウイルスの関与も指摘されています。

小児IBDの研究では、腸内細菌の乱れがひどい患者ほど、病気が広範囲または複雑な経過をたどり、生物学的製剤が必要になったり、粘膜治癒が得られにくかったりする傾向がありました。腸内細菌の構成や代謝活動を解析する手法は、IBDの状態を反映するマーカーとして期待されています。

臨床判断を支援するツール

これまで述べた様々な特徴(臨床所見、遺伝子、タンパク質、腸内細菌など)を総合的に評価し、治療方針を決めるための支援ツールの開発が進んでいます。すでにクローン病用のツール(CD-PATH)が市販されており、臨床的・血清学的・遺伝的マーカーに基づいて患者を低・中・高リスクに分類し、小児患者では75%の精度で経過を予測できます。

ベドリズマブ(抗インテグリン療法)については、臨床所見と検査値から、ステロイドを使わずに寛解を得られる可能性が高い患者や、投与間隔を短くする必要がある患者を見分けるツールが報告されています。

適切な治療法:患者に合った治療選択

現在の治療選択は、病気の進行リスクや病変の場所、重症度など、主に臨床的な要素に基づいて決められています。最初に使う生物学的製剤は、どの薬を選んでも成功率が最も高くなります。

治療の順序も効果に影響します。潰瘍性大腸炎では、ベドリズマブは抗TNF療法の後に使うと効果が落ちますが、ウステキヌマブではその傾向が目立ちません。治療が失敗するたびに、患者さんは症状に苦しみながら次の治療を待つことになり、その間も合併症のリスクが高まります。

抗TNF療法

抗TNF療法が効きにくい患者には、治療前から特定の遺伝子発現パターンが見られることが報告されています。特にオンコスタチンM(OSM)という物質の発現が高い患者は無反応のリスクが高く(相対リスク5倍)、99%の精度で予測できました(AUC 0.99)。

TREM-1(骨髄系細胞の発現する受容体)の発現が低いことも、クローン病・潰瘍性大腸炎双方での抗TNF無反応と関連しています。また、IgG形質細胞、炎症性単球、活性化T細胞などからなる細胞群の活性が高い患者も、抗TNF療法でステロイド不使用の寛解を得にくい傾向があります。

抗インテグリン療法

251名のIBD患者を対象とした研究では、治療前の大腸粘膜で好酸球が多い患者は、ベドリズマブに反応しにくいことがわかりました。血液中のα4β7(インテグリンの一種)の量も、ベドリズマブの効果を予測するマーカーになる可能性があります。

ベドリズマブ投与開始から14週後の寛解を予測するAIアルゴリズムでは、臨床データだけより、腸内細菌のデータを加えた方が精度が高まりました(臨床データのみ:AUC=0.619、臨床+細菌データ:AUC=0.872)。治療前の腸内細菌の多様性が高い患者は、ベドリズマブが効きやすい傾向がありました。

IL-12/IL-23療法

クローン病に対するブラジキマブ(抗IL-23療法)の臨床試験では、治療前のインターロイキン-22(IL-22)の値が15.6 pg/mLを超える患者は、治療8週後時点で寛解を得やすいことが報告されています。

IBD患者は一般の人より乾癬(皮膚の病気)を合併しやすく、家族に乾癬の患者がいることも多いです。IL23R遺伝子の変異は乾癬とIBDの両方に対して保護的に働き、この経路を標的とする薬は両方の病気に効果が期待されています。

ファーマコゲノミクス:遺伝子と薬の安全性

チオプリン系薬剤(アザチオプリン、6-メルカプトプリン)はIBD治療で古くから使われていますが、白血球減少や膵炎などの重い副作用を起こすことがあります。これらの薬はTPMTという酵素で代謝されます。

IBD領域で最も歴史のある精密医療の一つが、TPMTの遺伝子型や酵素活性を調べてチオプリン系薬剤の投与量を決める方法です。オランダの大規模研究では、TPMTに変異がある患者で投与量を減らすと、白血球減少のリスクが10分の1に減りました(相対リスク0.11)。

NUDT15という遺伝子の変異も白血球減少のリスクを高め、TPMT変異と重なるとさらにリスクが上がります。現在では、チオプリン系薬剤を使う前にTPMTとNUDT15の両方を検査し、必要に応じて投与量を調整したり、ごく一部の高リスク患者では使用を避けたりすることが推奨されています。

HLA-DQA1*05という遺伝子型がある患者は、抗TNF療法に対して抗体ができやすく(ハザード比1.90)、薬が効かなくなるリスクが高いです。この検査は臨床現場ですでに利用可能です。

その他、チオプリン系薬剤による膵炎のリスクを高める遺伝子多型(rs2647087)も報告されており、この変異をホモで持つ患者では17%の確率で膵炎を発症する可能性があります。

適切な投与量:薬の濃度を最適化する

IBD治療薬は効果に限界があるため、薬物動態(体内での薬の濃度変化)を考慮して投与量や間隔を調整し、効果を最大限に引き出す必要があります。治療薬物モニタリング(TDM)を行い、データに基づいて最適な投与計画を立てることが重要です。

治療薬物モニタリング(TDM)

TDMは、チオプリン系薬剤や生物学的製剤の効果と安全性を最適化するために用いられます。チオプリン系薬剤では、代謝物の濃度を測定することが標準的に行われており、適切な投与量の決定に役立ちます。

まとめ:精密医療が拓くIBD治療の未来

小児IBDにおける精密医療は、画一的な治療を超え、一人ひとりに最適な医療を提供する画期的なアプローチです。遺伝子、タンパク質、腸内細菌、臨床情報などの多様なデータを統合することで、医師は病気の経過をより正確に予測し、最適な治療法と投与量を選択し、介入のタイミングを適切に決めることができるようになります。

電子カルテと連携した臨床支援ツールが発展すれば、こうした複雑な予測を日常診療で簡単に活用できるようになるでしょう。研究が進み、より多くのバイオマーカーが実用化され、アルゴリズムが改良されることで、精密医療は現在の治療の限界を突破し、将来的にはIBDそのものの予防さえ可能にするかもしれません。

小児IBDと向き合う患者さんとご家族にとって、これらの進歩は、試行錯誤を減らし、合併症や入院・手術のリスクを低下させながら、長期的な生活の質を向上させる、より効果的で個別化された治療への希望をもたらすものです。

情報源

原題: Precision Medicine in Pediatric Inflammatory Bowel Disease
著者: Elizabeth A. Spencer, MD, Marla C. Dubinsky, MD
掲載誌: Pediatric Clinics of North America, Volume 68, Issue 6, December 2021, Pages 1171-1190
注記: この記事は、査読付き医学論文を基に、患者さんとご家族向けにわかりやすく解説したものです。